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先日、M先生がピアニスト舘野泉(Wikipedia)氏のコンサートに行って来ました。ご高齢のため青嶋ホールでのコンサートは今回が最後かもしれないという演奏は以前にも増して感動的だったそうです。コンサート終了後も、ご不自由な右手でCDや本にサインして下さいました。その本「言葉の力 人間の力」は舘野泉氏、中村桂子(Wikipedia)氏、加古里子(Wikipedia)氏、松居直(Wikipedia)氏がそれぞれ対談するという内容。その中、松居直氏と中村桂子氏の対談の中で子供が小さい頃にする本の読み聞かせについて興味深い話がありました。読み終わった後に内容について質問することはよくないという話は聞いていましたが、ここで語られていたのはその効能について。子供は話の内容ではなく、それを読んでくれている母親の気持ちを感じ取っているのだそうです!これを聞くと、機械的なものでお話を枕元で再生して聞かせていては心が育つはずがないなぁって。お母様とお話をしていると「小さい頃、同じ本を何度も何度も読んでくれって言われて」という話が時々出ます。私はその道の最先端の研究をしているわけではないのですが、そういう子とは話が弾んだり国語がよくできたりということを経験しているので「いいですねぇ!それはきっと勉強に活きていると思いますよ!」と言います。お腹の中にいるときはもちろん、生まれた後もお話を読んでくれるお母様の気持ちを感じているんですね。気持ちを感じていると言えば、先日の情報リテラシーで取り上げた理化学研究所の「抱っこして歩くと赤ちゃんがリラックスする仕組みの一端を解明」というのも通じるものがあるなと思いました。
また以前JOVOブロックを購入したボーネルンドというお店の「あそびのもり」という冊子の最新号にも興味深い=経験と符合することが書いてありました。大学教授である七木田敦氏が研究のために幼稚園にタイヤブランコを持ち込んだ時のこと、しばらくすると子供たちは自然といろいろな方法で遊び出したが、先生が遊び方や人数制限の話をしたところピタッと遊ばなくなってしまったそうです。待てない大人がいろいろと指示してしまうために幼児でさえも指示待ち人間が多くなってきている、親という字は「木に立って見る」と書く、そうありたいと。実はこれも経験済みです。昔々しゅうびが板書授業をしていた頃、やるべきことが早く終わったので「よし、遊ぼう!」と言ったのですが「えっ?なにするの?」と。予期せぬリアクションに「なにするのって好きなことすればいいじゃん、せっかく早く終わったんだから」と言ったのですが、考え込んでいっこうに遊び出す気配がありません。十分遊んできたのかなとも思うのですが、遊んでいいといわれたのに何をしたいのかわからないというのは不思議だなと思いました。遊びと言えば以前、夏合宿で“アナログで遊ぼう”ということで勉強の合間にトランプやべーゴマをやったのですが、高3生も楽しそうに遊んでいました。
同じことを感じていたり研究したりしている人がいるんだととても嬉しく感じます。 |
10:43, Monday, May 06, 2013 ¦ 固定リンク
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